ゴキブリのIQは340もあるという話を、どこかで目にしたことがある人もいるのではないでしょうか。あの素早い逃げ足や、なかなか捕まえられないしぶとさを見ると、「意外と賢いのでは」と感じてしまいます。
この記事では、ゴキブリのIQ340という噂がどこまで本当なのかを、研究や出典をたどって整理します。逃げ足の速さの正体から、匂いを覚える学習能力まで、ゴキブリの知能の実像を解説します。
ゴキブリのIQは340って本当?

結論から言うと、「ゴキブリのIQは340」という数値に確かな根拠はありません。IQはもともと、人間の集団のなかで自分がどの位置にいるかを表す数値です。種をまたいでゴキブリに当てはめ、「IQ◯◯」と言い切ることはできません。
ただし数値で表せないだけで、ゴキブリは昆虫のなかでは学習や記憶にすぐれた賢い虫だと、複数の研究で報告されています。「ただの不快な虫」というイメージとは少し違う一面を持っています。
よく言われる「素早く逃げるのは賢いから」という印象についても、あとで検証します。あの逃げ足の速さは、実は知能ではなく神経の反射によるものです。
まずは、研究で確かめられているゴキブリの賢さを整理しておきます。
- 匂いの学習:匂いとエサを結びつけて覚える「パブロフの犬」型の条件づけ
- 場所の記憶:迷路を5〜6回でほぼ覚え、最短ルートを通る
- 学習の個性:覚えの早い個体・慎重な個体など、1匹ごとの差がある
- 集団の知恵:仲間と一緒に隠れ家を選び、その記憶を群れで共有する
ここからは、これらの賢さを研究の裏づけとともに順にみていきます。IQという数値そのものの意味は、人間の平均をまとめた記事もあわせてご覧ください。
「パブロフの犬」と同じ?ゴキブリが匂いを覚える学習能力

ゴキブリの賢さを示す代表例が、匂いとエサを結びつけて覚える学習です。「パブロフの犬」で知られる古典的条件づけと同じ仕組みが、昆虫のゴキブリでも確認されています。
匂いをかぐだけで唾液を出すようになる
東北大学の研究チームは、ゴキブリにペパーミントの匂いをかがせた直後に砂糖水を与える訓練を、くり返し行いました。すると訓練のあとは、匂いをかがせるだけで唾液の分泌をつかさどる脳細胞が活発に働くようになりました。
訓練していないゴキブリでは、同じ匂いでこの反応は起きません。匂いと食べ物を結びつけて覚えた証拠です。
これは2006年に報告された研究で、哺乳類以外の動物で唾液分泌の条件反射が確かめられた初めての例とされています。人間でいう「梅干しを見ると唾液が出る」反応に近いものを、ゴキブリも学習で身につけるわけです。
学習をつかさどる脳の「キノコ体」
ゴキブリのこうした学習の中心になっているのが、脳にあるキノコ体と呼ばれる部分です。形がキノコに似ていることから名づけられました。
キノコ体は、人間でいう大脳皮質のような役割を果たすと考えられています。匂いの情報を覚え、記憶として残す働きの中心です。
小さな脳でも、学習や記憶のための専用の仕組みを備えているわけです。道具を使う動物ほど派手ではありませんが、虫なりの賢さがここにあらわれています。
同じように「学習する動物」としては、道具を使うチンパンジーの研究がよく知られています。
関連記事:チンパンジーのIQは人間より上?人間との比較を研究で検証
ゴキブリは迷路を5〜6回で覚え、記憶は夜に強くなる

ゴキブリは、場所を覚える力にもすぐれています。さらにおもしろいことに、その記憶は夜のほうが強く残ることも研究でわかっています。
迷路を5〜6回でほぼ覚える
迷路を使った実験では、ゴキブリは5〜6回ほど通るうちに道を覚え、迷わずゴールにたどり着くようになります。試行をくり返すほど、たどり着くまでの時間も短くなっていきます。
これは、通った道の手がかりを記憶し、次に活かしているからだと考えられています。本能だけで動いているのではなく、経験から学んで行動を変えているのです。
家のなかでゴキブリがいつも同じあたりに現れるように見えるのも、安全なルートや隠れ場所を覚えているためと考えられます。
個体や場所を長く記憶する力は、鳥のカラスでもよく知られています。カラスは危険な人の顔を年単位で覚えるとされ、記憶力の高い動物の代表です。
関連記事:カラスのIQはどれくらい?鳥界の天才と呼ばれる賢さを解説
記憶は夜の時間帯に強くなる
アメリカのバンダービルト大学の研究では、ゴキブリの記憶のでき方が時間帯によって変わることが報告されています。学習がよく定着するのは夜の時間帯でした。
昼間に訓練しても記憶は残りにくく、夜の訓練ではしっかり残ったとされています。これは昆虫の学習が体内時計に左右されることを示した初めての例とされ、2007年に発表されました。
ゴキブリは夜行性です。活発に動く夜に記憶力が高まるのは、生き延びるうえで理にかなった仕組みだと考えられます。
こうした記憶力をどう数値で測るのか、そもそもIQはどうやって決まるのかは、測り方の記事でくわしく解説しています。
関連記事:IQの測り方|どうやって数値が決まる?計算方法と測定の種類を解説
ゴキブリの学習には”個性”があり、仲間と記憶を分け合う

ゴキブリの賢さは、1匹ずつの学習にとどまりません。個体ごとの”個性”があり、さらに群れで情報を共有する力も報告されています。
覚えの早い個体、慎重な個体
2020年に発表された研究では、ゴキブリの学習成績に個体ごとの差(個性)があることが報告されています。1回の訓練ですぐ覚える個体もいれば、慎重でなかなか動かない個体もいました。
同じ訓練をしても、結果は1匹ごとに違います。性格のような一貫した傾向が、個体ごとに見られたのです。
「ゴキブリはどれも同じ」というイメージとは異なり、1匹ずつに行動のクセがあると考えられています。群れの平均だけを見ていては、こうした違いは見えてきません。
群れで隠れ家を選び、記憶を共有する
ゴキブリは、集団で行動を決めることもわかっています。複数の隠れ家があるとき、群れはばらばらにならず、多くの個体が同じ場所に集まるように選びます。
2023年の研究では、群れで一度決めた隠れ家の選択を、その後も集団の記憶として保ち続けることが報告されました。仲間どうしのやりとりが、全体の判断を支えています。
過去には、本物そっくりの小型ロボットを群れに紛れ込ませ、ゴキブリの集団の選択を誘導できたという実験もありました。それだけ、仲間の動きに敏感だということです。
個体を見分けたり、まわりに合わせて賢くふるまったりする無脊椎動物としては、海のタコもよく知られています。
関連記事:タコのIQはいくつ?人間より高い?海の天才の賢さを解説
ゴキブリは逃げるときIQ340になる?素早さの正体は反射

「ゴキブリは危険を感じるとIQが340に上がる」という話は、出典をたどれない俗説です。あの素早さの正体は、知能ではなく神経の反射にあります。
「IQ340」説はどこから来たのか
「危険を察知するとIQ340を超える」という話は、アメリカの研究機関が発表したという形で広まりました。しかし、その元になった論文やデータは確認できません。
ネット上では「IQ200」「IQ340」と数値もばらばらで、確かな出どころのないイメージ値として一人歩きしているのが実情です。
そもそもIQは、人間の集団のなかでの位置を測る数値です。ゴキブリに当てはめて「IQ340」と表すこと自体に、科学的な意味はありません。
素早く逃げる本当の理由
ゴキブリが捕まえにくいのは、頭がいいからではなく体の構造によるものです。お尻の先には尾葉(びよう)と呼ばれる一対の突起があり、細かな感覚毛が生えています。
この感覚毛が、近づくものが起こすわずかな空気の動きを感じ取ります。その情報は脳を経由せず、直接あしの神経へ伝わります。
危険を感じてから逃げ出すまでの時間は、およそ20分の1秒。人間がまばたきするより速いスピードです。クロゴキブリは1秒間に約50cmも移動できます。
つまりあの逃げ足は、考えて動いた結果ではなく、反射的に体が動く仕組みによるものです。素早さと賢さは、分けて考える必要があります。
それでも「危険な場所」は学習できる
とはいえ、ここまで見てきたように、ゴキブリには学習する力があります。一度ひどい目にあった場所やエサを、避けるようになることも知られています。
反射で素早く逃げ、さらに経験から危険を学ぶ。この二段構えが、ゴキブリのしぶとさを支えていると考えられます。
生き物のIQをめぐる俗説は、植物のサボテンの例でもくわしく検証しています。
関連記事:サボテンのIQは2〜3って本当?論文・出典から検証して解説
動物のIQを数値で比べることはできませんが、人間のIQは検査で測れます。じっくり測りたい方は無料の本格版IQテストを、まずは手軽に試したい方は下のボタンからどうぞ。
ゴキブリの賢さについてよくある質問
- ゴキブリは人になつくことがありますか?
-
犬や猫のように飼い主になつくという報告は、確認されていません。ゴキブリに、感情で人と関係を築く仕組みは知られていないためです。
ただし、匂いや場所とエサを結びつけて覚える学習はできます。特定の手がかりに反応するようになることはあっても、それは「なつき」とは別のものと考えられます。
まとめ
「ゴキブリのIQは340」という数値に根拠はありませんが、ゴキブリは匂いを覚え、場所を記憶し、仲間と情報を分け合う、虫のなかでは賢い生き物だとわかっています。
- 「IQ340」は出典不明の俗説。IQで種を越えて賢さを比べることはできない
- 匂いとエサを結びつける「パブロフの犬」型の学習ができる
- 迷路を5〜6回で記憶し、記憶は夜に強くなる
- 素早い逃げ足の正体は知能ではなくおよそ20分の1秒の反射
知能は、ひとつのものさしで上下を決められるものではありません。生き物の賢さに驚いたあとは、自分のIQの位置も気軽に確かめてみてください。
ゴキブリの唾液分泌の条件反射は Watanabe & Mizunami (2006)(東北大学・水波誠ら)による研究で、東北大学大学院生命科学研究科の研究紹介を参照しました。記憶が夜に強まる現象(学習の体内時計による制御)はバンダービルト大学のチームによる2007年の研究(PNAS=米国科学アカデミー紀要)、学習の個体差は Arican ら (2020)「Cockroaches Show Individuality in Learning and Memory During Classical and Operant Conditioning」Frontiers in Physiology 10(DOI)、集団記憶は Calvo Martín ら (2023)「Emergence and retention of a collective memory in cockroaches」PLOS ONE(DOI)を参照しています。逃避行動の速さは、尾葉(尾角)の感覚毛が空気の動きを感知し、脳を介さず脚へ伝える反射として知られています。IQが人間の認知能力を数値化した指標であることは東京大学の知能指数に関する解説ページを参照しました。動物の知能は研究段階のものであり、IQという数値で種を超えて順位づけできるものではありません。

